こんにちは。「ことさきく」運営スタッフの髙橋です。
こちらの「つぶやき」コーナーでは「ことさきく」運営スタッフ――全員成瀬先生の弟子です――が先生の難しい理論をわかりやすく、それぞれの感想を交えながら解説しています。
もう30年以上前、大学受験に向けて英語を勉強していた頃、予備校の先生にこう言われました。
「英文和訳の回答にはカタカナを使ってはいけません。カタカナ語は日本語ではないので減点されます」
素直なJKだった私は「なるほど、カタカナ語は日本語ではないのか」と鵜呑みにし、受験を無事に乗り切りました。それで終われば良かったのですが、その呪縛はずーーーーーーっと続きました。仕事で翻訳するようになってもカタカナ語を極力避けていたのです。
予備校の先生のアドバイスはあくまでも受験向けだったのに、それをその後何年も守り続けるなんて、素直を通り越してアホなのか、私は?
若い頃の刷り込みってなかなか抜けないですね。
日本語は和語(大和言葉)、漢語(中国から借用した言葉)、外来語(主に西洋から明治時代以降に入ってきた言葉)の三脚構造になっています。
和語が中心のように思っていましたが、専門的なことは漢語や外来語がなければ語ることができません。ですから日本語は漢語、外来語が和語を支えている三脚構造になっていると考えるべきです。
そしてカタカナ語の多くは外来語ですでに立派に日本語の一部を構成しているのです。
それを理解してからは、カタカナ語を使うことに以前ほどの抵抗はなくなりました。とはいえ、すでに通用している漢語がある言葉ならばカタカナを無条件に使わずにどちらの方が原文の本来の意味や文脈での意味に近いかを比べるようにしています。
気になるのは、カタカナにすると言葉が軽くなったり意味が曖昧になったりすることが多いことです。
でも漢語になった言葉でも原語の意味とずれているものが少なくないので、漢語を優先する意味はあまりないのでしょう。
重要なのはやはり原文の筆者の「こころ」を理解して、それに一番近い日本語表現を工夫する、ということですね。
以上、今日のつぶやきでした。
(運営スタッフ:髙橋)
