英語音声情報の大部分は、外界から直接に得たものではなく、脳内であとから自分が自発的に生み出したもの(2)

(↑のつづき)

こうした「トップダウン処理」は、視覚だけではなく聴覚でも行われている。

たとえば、

私たちが他者の言葉を聞いているとき、相手の言葉をすべて聴きとっているわけではない。

視覚のように3%だけということはないだろうが、おそらく半分以上は聞こえていない。

たとえば、語尾の「~です」の「す」の部分は、ほとんど聞こえていない。実際のところ、普通の会話では、「~です」の「す」は実際に音が出ていない。しかし、それでも私たちは、そこに「す」の音があると認識している。

自分の脳の中で、あとから「す」の音を生み出したのである。

池谷さん風にいえば、聴覚からあがってきたわずかな情報を手がかりに、その音が「です」であると思い込むための機構が脳内で作動したのである。

☆☆☆

ところが

こうしたトップダウン処理が、英語になると日本人にはできない。

たとえば、on, in, from, atなどの英語の多くの前置詞は、実際には音は出ていない。「~です」の「す」と同じことである。したがってコンピュータのような「ボトムアップ処理」しかできなければ、それは聴こえない。

日本人の英語の聴き取りは、この状態にあることが多い。だが英語のネイティブは、それらの音を無意識のうちに脳の中で自分で生み出している。つまり「トップダウン処理」をしているのだ。そのため、実際にはない音が、ちゃんと音として聴こえているのである。

☆☆☆

では、どうすれば英語のトップダウン処理が私たち日本人にもできるようになるのだろうか。

池谷さんによると、その1つの秘訣は、多くの経験を通じて「予測力」を高めることにある。また、事前に準備をして情報を待ち構えておくことも必要である。

以下、そのことに関する池谷さんと学生たちとの会話を紹介しておく。

学生U
話は変わりますが、300年くらい前に数学者ライプニッツが、意識に上る前の段階では、ふだんはレベルが低くて外には現れない微小な表象が頭の中に蓄えられ、それがふとしたきっかけで突出してくると言っていますね。取り出しやすいように意識下で微小な形で表出を繰り返しているのではないでしょうか。

学生T
何かが起こってから、特定のカテゴリーにある情報が取り出されるのでは遅すぎるのかもしれないね。むしろ、自発活動で、そういう情報に常時アクセスしているから、さまざまな状況にとっさに対応できる。

池谷
そうそう。ついでに、プラスしたいんだけど、脳の自発活動には、予期というか、推測のようなものがなくてはいけないと思う。みんなは、僕が次に何をしゃべるだろうと予想を立てながら聞いているから、すんなりその場で、僕の話を理解できるわけだよね。

だから、たとえばコンピュータに知能をもたせようと思ったら、経験を習得させることが重要になってくる。経験に基づいてその瞬間瞬間に予測を行って、その予測が外れたら、その外れたという経験を通じて、将来より精緻な予測を行っていく。知能というものは、そういう試行錯誤を積み重ねて予想の精度を高めていく能力が根底になくてはいけない。

(略)

そんな感じで、脳の中にある程度の予備知識的な情報がないと知能は生まれない。経験がないと予測なんてできやしない。記憶や予測は知性の必要条件だね。

『進化しすぎた脳』 池谷裕二 ブルーバックス pp352-4

ここで池谷さんと学生が話していることは、コンピューターでの「推論学習」と同じことである。

『進化しすぎた脳』は2007年の発刊。それからほぼ20年を経てコンピューターが自分のなかに「経験」を蓄積させはじめた。それが「AI」(人工知能)である。

☆☆☆

「経験に基づいてその瞬間瞬間に予測を行って、その予測が外れたら、外れたという経験を通じて、将来より精緻な予測を行っていく」というのは、私のいう「動的な読み」と同じことである。

そして、動的な読みの能力、つまり試行錯誤を重ねて予想の精度を高めていくことのできる能力こそが、知能の根底である。私たちは、英語においても、この能力を高めていかなければならない。

こうした予測をするためには、予備知識的な情報が脳の中になければならない。

経験がないと予測はできない。これをリーディングに引きつけていえば、豊かな読書経験が不可欠ということになる。

それまでの英語の読書量こそが、脳の中で英語のトップダウン処理を生み出すための源泉なのである。できるかぎりたくさんの英語の本を読んでもらいたいと皆さんによくいうのは、このためである。

たくさん読めば読むほど、トップダウン処理の力は増強され、読むことが楽になっていく。そして読むことが楽になればなるほど、もっとたくさんの英語の本を読むことができるようになる。

こうした好循環を意識的に生み出すことが、英語学習の要諦である。

(ことさきく|「大きな日本人」を育てる!より)

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