タイトルで述べたことは、ある場所で私が直接に聞いたことである。
この米国研修は日韓独の大学生60名が参集して行われたもので、6名のワンチームとなって合計10チームでそれぞれに新たなビジネスプランをつくってプレゼンテーションを行うというものだった。
ひとつのチームに日韓独の学生2名ずつが参加するのだが、その際、日本人学生は英語力が韓独学生に比べて格段に低いためにビジネスプランづくりのディスカッションに入ることができず、おもに裏方としてデータ整理を担当していたそうだ。
英語ができないことで日本人学生は自分の意見をプランに反映させるチャンスを得られなかったのだ。なんと悔しいことだろう。
もうひとつ悔しいのは、そうした状況を多くの日本人が私ほど悔しがってはいないように思えることだ(ここまで読んであなたがどれほど悔しい思いを持ったのかを私は知りたい)。
私は悔しい。本当に悔しい。たかが「英語ができない」程度のことで、なぜ日本人が自分の意見を世界に届けることができないのだろうか。理不尽もいいところである。
そして今の日本人の若者たちをそんな状況に陥らせてしまったのは私たちの世代の責任だ。
こうなることは30年も40年も前から、ほぼわかっていたことだ。それなのにいまの50~80代の日本人は、次世代や次々世代の日本人が世界で活躍できるグローバルコミュニケーション力を養えるだけの教育システムをつくってこなかった。71歳の私を含めて、なんと愚かだったのだろう。その愚かさが、私にはとても悔しい。本当に悔しい。
今からでも決して遅くない。日本人のグローバル英語力を早急に引き上げなければならない。日韓独チームのなかで日本人だけが下働きに回らざるを得ないような状況はこれからは絶対に許してはいけない。

